プラダ訴訟に対する自分の考え(中級日本語作文の宿題)
間違いだらけの文法と漢字の饗宴ですが、学習資料として乗せておきます。
プラダの「セクハラ」上司(AERA誌’10.4.5から)
イ・ジャンウク
最近日本では、元プラダ職員のプラダに対する訴訟が進行中で話題になっている。訴訟の内容は、実力がよくてもただ「顔がプラダのイメージとは似合わない。」や、「太っていて顔が醜い。」などの不当な理由で優秀な職員を解雇する慣行を持つプラダに対し、セクハラとパワハラ及び、不当解雇の嫌疑で訴訟を掛けられたことである。訴訟を起こした人は、プラダの日本内の売場40ヶ所及び、グアム、スペインの売場の職員たちを総括してきたボブリースという女性。彼女は上司からそういったセクハラに近い理由で職人を解雇するようにと指示をうけたが、移行しなかったため、勧告休職にされた。そのゆえ、その実状を元に民事訴訟を起こしたのである。
このエピソードからみると、職場内のセクハラは私が思ったより、もっと深刻なレベルにまできているようにみえる。プラダは彼女の主張を一部不定した上、それがセクハラや、不当解雇ではなく、会社側で要求できることだと主張しているが、誰が正しいかはまだ誰にも分からない。それはセクハラの判断基準が明確ではなく、証拠もないからだろう。
セクハラの判断基準は、一方では、相手の女性が性的に不愉快を感じる言動をした場合だといわれている。しかし、その基準が明確ではないということもまた事実である。もし、そういった明確な判断基準があれば今度の訴訟もより万別しやすかったのかもしれないのである。
またの問題は、真実糾明が難しいということである。言葉や、一瞬の出来事は証明し難いので、その状況だけを見て任意的に結論を出すしかならぬ場合が多いのである。
判断基準が明確ではないところか、糾明も難しい。それがセクハラ関係の訴訟が抱えた 難しい点である。個人的な感想では、プラダという大手の企業に対し頑張っている彼女を応援したいところだが、今は、静かにこの訴訟の推移を見守ることにしよう。
